「ファシリティマネジメント(FM)」と聞いて、単なる修繕管理や施設管理のことだと思っていませんか?
もしそうなら、貴社は大きな損をしているかもしれません。
FMとは、オフィスなどの保有資産を単なる「コスト」ではなく「有効な経営資源」と捉え直すマネジメント手法です。多くの企業がこの導入により、大幅なコスト削減と生産性向上を両立させています。
本記事では、ファシリティマネジャーの専門資格(認定ファシリティマネージャー)を持つ筆者が、FMの基礎知識から具体的な導入ステップ、成功事例までを体系的に解説します。
「何から始めればいいかわからない」という読者の方が、自信を持ってプロジェクトを推進できるようになるための実践ガイドです。ぜひ最後までお付き合いください。
ファシリティマネジメントとは

ファシリティマネジメント(Facility Management/略称:FM)とは、企業や団体が保有・利用する「施設や資産(ファシリティ)」を、「経営戦略の武器」に変えるためのマネジメント手法です。
従来のビルメンテナンス(清掃・保全)」が建物の状態を維持することを目的とするなら、FMは「その施設を使ってどう利益を生むか」を追求します。
最適な執務環境による生産性の向上や、ライフサイクルコストの最小化など、経営活動にとってのベストな環境を戦略的に構築することがFMの役割です。
ここでは、ファシリティマネジメントの基本的な定義や対象範囲、そしてなぜ今これほどまでに注目され、普及し始めているのかという背景について、以下の3つの観点から詳しく解説していきます。
ファシリティマネジメントの定義
ファシリティマネジメントの定義は、公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)によると、「企業・団体等が組織活動のために、施設とその環境を総合的に企画、管理、活用する経営活動」とされています。
つまり、建物や土地、設備を『持っているだけ』から『経営の役に立つ状態』へと積極的に変えていく活動のことです。
例えるなら、古くなったオフィスをただ修理するのは「保全」ですが、「今の働き方に合わせてレイアウトを変え、省エネ設備を入れてコストを下げ、社員が働きやすい環境をつくる」のがファシリティマネジメントです。従来の「管財(資産管理)」や「営繕(修繕管理)」の枠を超え、経営視点を持って戦略的に施設を運営することが最大の特徴といえます。
対象となるファシリティの範囲(建物・設備・不動産・人・情報など)
ファシリティマネジメントが対象とする範囲は、建物そのものだけにとどまりません。企業活動に関わるあらゆる物理的な環境と、それに関連するソフト面までが対象となります。
具体的には以下の要素が含まれます。
| 🏢不動産・建物 | 土地、オフィスビル、工場、店舗、倉庫など |
|---|---|
| ⚙️設備・機器 | 空調、照明、通信インフラ、生産設備、什器(デスク・椅子)など |
| 👥人・働き方 | 執務環境の快適性、動線の確保、社員の満足度向上など |
| 📊情報・サービス | 施設の維持管理データ、セキュリティシステム、清掃や警備などのサービス |
これらは個別に管理するのではなく、相互に関連させて最適化することで初めて効果が生まれます。
たとえば、建物をリニューアルしても、そこで働く人の動線や情報システムが古いままでは意味がありません。ハードとソフトの両面から、一体的にマネジメントすることがFMの特徴です。
つまり、ハード(建物)だけでなく、そこで過ごす「人」が快適に働けるか、それらを管理する「情報」が整理されているかといった、広範囲な領域をマネジメントするのが役割です。
FMが普及した背景(LCC・働き方・老朽化・DX など)
近年、日本国内でファシリティマネジメントの導入が急速に進んでいる背景には、大きく4つの要因があります。
- 「ライフサイクルコスト(LCC)の削減」
建物は建てた後の運営・維持費の方が初期コストより高額。この長期コストを削減することが急務となっています。 - 「働き方改革」
テレワークの普及により、オフィスに求められる役割が変化し、スペースの最適化が必要になりました。 - 「インフラの老朽化」
高度経済成長期に建てられた建物が一斉に更新時期を迎え、戦略的な修繕や建て替え計画が求められています。 - 「DX(デジタルトランスフォーメーション)」
IoTやAI技術の進化により、施設の稼働状況をデータで可視化しやすくなったことが、導入の後押しとなっています。
まず理解しておきたいこと
ファシリティマネジメントは「建物管理」ではなく「経営戦略」です。なぜ今この考えが多くの企業で必要とされているのか、その背景を見ていきましょう。
なぜ今ファシリティマネジメントの導入が必要なのか

多くの企業がいま、ファシリティマネジメントの導入を急いでいるのには明確な理由があります。それは、従来の「壊れたら直す」という受動的な管理方法では、現代の経営課題に対応できなくなっているからです。
コストの増加、施設の安全性、従業員の働きやすさ、そして環境への配慮。これらは個別の問題ではなく、すべて施設管理と密接に関わっています。
ここでは、企業が直面している課題と、それを解決するためにファシリティマネジメントがなぜ必要不可欠なのかについて、主要な4つの理由を深掘りして説明します。
1.施設関連コストの増加と削減需要
ファシリティマネジメント導入が求められる最大の理由は、施設にかかるコストの増加とその削減ニーズです。
企業経営において、人件費に次いで大きな割合を占めるのが「施設関連コスト(家賃、光熱費、修繕費など)」と言われています。昨今のエネルギー価格の高騰や建設資材の値上がりにより、施設を維持するだけで莫大な費用がかかるようになりました。
ファシリティマネジメントを導入すれば、不要なスペースを返却して賃料を下げたり、効率的なエネルギー管理で光熱費を抑えたりといった、抜本的なコスト削減が可能になります。
単なる節約ではなく、無駄を省いて利益を生み出す体質に変えるために、この手法が必要とされているのです。
2.老朽化によるリスク(BCP/安全性)
2つ目の理由は、建物の老朽化に伴うリスク管理の必要性です。
日本国内の多くのビルや工場は老朽化が進んでおり、そのまま放置すれば地震や台風などの災害時に大きな被害を受ける可能性があります。これは企業の事業継続計画(BCP)の観点から非常に危険な状態です。
ファシリティマネジメントでは、建物の劣化状況を正確に把握し、「いつ、どこを、どの優先順位で直すべきか」を計画的に管理します。これにより、突発的な故障による業務停止を防いだり、天井落下などの事故を未然に防いだりすることができます。
従業員の命と企業の資産を守るためにも、導入は待ったなしの状況です。
3.働き方改革と職場環境改善
3つ目の理由は、働き方改革とそれに伴う職場環境の改善要求です。
リモートワークやハイブリッドワークが定着した現在、以前のように「全員分の固定席があるオフィス」は非効率になりつつあります。出社率が低いのに広いオフィスを借り続けるのはコストの無駄ですし、逆に出社した社員にとっては、コミュニケーションが取りにくい環境かもしれません。
ファシリティマネジメントを導入することで、フリーアドレス制の導入や、WEB会議専用ブースの設置、リフレッシュエリアの拡充など、今の働き方に合ったオフィスへと作り変えることができます。快適な環境は従業員のモチベーションを高め、人材確保の面でも有利に働きます。
4.脱炭素・環境負荷低減(ESG対応)
4つ目の理由は、脱炭素社会への対応やESG経営(環境・社会・ガバナンス)の重要性が高まっていることです。
企業活動において、オフィスや工場が排出するCO2の量は無視できない規模です。投資家や取引先からも、環境に配慮した経営を行っているかが厳しくチェックされる時代になりました。
ファシリティマネジメントは、省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの活用、廃棄物の削減などを計画的に実行するための基盤となります。
環境負荷を数値化して管理し、着実に削減していくプロセスは、企業の社会的責任(CSR)を果たすためにも不可欠な要素となっています。
これらの課題に対応するには、まず自社の施設にどんなリスクやムダがあるのかを確認することから始めましょう。次章で具体的な業務内容を見ていきます。
ファシリティマネジメントの主な業務内容

ファシリティマネジメントという言葉は概念的で、実際に現場で何をするのかイメージしにくいかもしれません。実際の業務は、日常的な点検から経営層への提案まで多岐にわたります。
一般的に、ファシリティマネジメントの業務は「運用維持」「戦略立案」「プロジェクト管理」などに分類されますが、ここでは現場レベルで具体的にどのような作業や管理が行われるのかを紹介します。
導入後に担当者が行うことになる主な5つの業務内容について、詳しく見ていきましょう。
1.設備管理・保全(予防保全・故障率低減)
設備管理・保全は、ファシリティマネジメントの基本となる業務です。電気、空調、給排水、消防設備などが正常に動くよう維持管理を行います。
従来型の管理と違うのは、「壊れてから直す(事後保全)」ではなく、「壊れる前に手を入れる(予防保全)」を重視する点です。
例えば、エアコンから異音がしてきたら故障する前に部品を交換する、といった対応です。
これにより、突然の業務停止を防げます。
また、過剰な点検頻度を見直してコストを適正化することも重要な業務の一つです。
2.スペースやレイアウトの最適化
オフィスや施設のスペースを効率的に使い、生産性を高めるための管理業務です。
具体的には、「今のオフィスは人数に対して広すぎないか(狭すぎないか)」「部署間の連携がとりやすい配置になっているか」などを分析します。
使用頻度の低い会議室を執務スペースに変更したり、動線を改善して移動時間を減らしたりといったレイアウト変更の企画・立案を行います。また、移転や統廃合が必要な場合には、そのプロジェクトマネジメントも担当します。
無駄な賃料を削減しつつ、働きやすい空間を作ることがミッションです。
3.不動産・コストマネジメント(LCC視点)
保有または賃借している不動産資産全体のコストを管理し、最適化する業務です。
ここでは「ライフサイクルコスト(LCC)」の視点が重要になります。建設費や購入費などのイニシャルコスト(初期コスト)だけでなく、光熱費、清掃費、修繕費、そして最終的な廃棄・解体費までを含めた総費用を最小化するように計画を立てます。
また、自社で所有するべきか、賃貸にするべきかの判断(所有と利用の分離)や、遊休資産(使っていない土地や建物)の売却・有効活用などを検討し、経営層に提案することも重要な役割です。
4.環境・エネルギーマネジメント
施設のエネルギー使用量をモニタリングし、環境負荷を低減させる業務です。
電気・ガス・水道の使用量をデータ化し、「どこで無駄が発生しているか」を突き止めます。その上で、LED照明への切り替え、空調の運転スケジュールの見直し、断熱改修などの対策を実行します。
近年では、省エネ法などの法規制対応や、企業のSDGs達成に向けた目標管理もこの業務に含まれます。コスト削減と環境貢献の両立を目指す、非常に重要なポジションです。
5.情報管理(台帳・データ・DX活用)
ファシリティに関するあらゆる情報を一元管理する業務です。
建物の図面、修繕履歴、契約書、設備台帳などがバラバラに保管されていると、適切な判断ができません。これらをデジタル化して整理し、いつでも取り出せる状態にします。
最近では、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)やFMシステムを活用して、建物の状態を3Dや数値で可視化するケースも増えています。正確なデータに基づいて、次の修繕計画や予算策定を行うための「判断材料」を整備する仕事といえます。
これら5つの業務のうち、自社で手つかずになっているものはありませんか?まずは「設備台帳の整理」や「スペース利用状況の調査」など、できることから着手してみてはいかがでしょうか。次章では導入で得られるメリットについて詳しく解説していきます。
ファシリティマネジメント導入のメリット

ここまでファシリティマネジメントの必要性や業務内容を見てきましたが、実際に導入することで企業にはどのような具体的なメリットがもたらされるのでしょうか。
導入の効果は、目に見える金銭的なものから、従業員の意識改革といった目に見えないものまで広範囲に及びます。
「コスト」「生産性」「リスク管理」「事業継続性」「経営基盤」の5つの切り口から、導入によって得られる大きなメリットについて解説します。
1.コスト削減/LCC最適化
最大のメリットは、やはりコスト削減効果です。ファシリティマネジメントを導入することで、中長期的な視点での「ライフサイクルコスト(LCC)」の最適化が実現します。
例えば、適切な予防保全を行うことで設備を長く使い、高額な交換費用を先延ばしにできます。また、オフィスの使用状況を分析して不要なスペースを解約すれば、毎月の賃料を数百万円単位で削減できることも珍しくありません。
単年度の予算削減だけでなく、向こう10年、20年というスパンで見たときの総支出を大幅に圧縮できる点が、経営にとって大きなインパクトとなります。
2.生産性の向上(働きやすさ改善)
2つ目のメリットは、従業員の生産性とモチベーションの向上です。
ファシリティマネジメントによって空調、照明、音環境などが適切に管理され、レイアウトが業務内容に合わせて最適化されると、従業員はストレスなく仕事に集中できるようになり、エンゲージメントの向上にも繋がります。
「会議室がいつも満室で打ち合わせができない」「空調が寒すぎて体調を崩す」といった不満が解消されれば、業務効率は確実に上がります。知的生産性が高まることで、結果として企業の業績アップにも貢献するのです。
3.法令遵守とリスク管理の強化
3つ目のメリットは、コンプライアンス(法令遵守)の徹底とリスク管理の強化です。
建物には、建築基準法、消防法、省エネ法など、守るべき多くの法律があります。これらに対応した点検や報告を怠ると、法的な罰則を受けるだけでなく、企業の社会的信用を失うことになります。
ファシリティマネジメントを導入し、点検スケジュールや法的要件をシステムで一元管理することで、抜け漏れを防ぐことができます。コンプライアンス違反という経営リスクを未然に摘み取ることができるのは大きな利点です。
4.事業継続性・BCPの強化
4つ目のメリットは、災害時などの事業継続性(BCP)が強化されることです。
日本は地震や台風などの自然災害が多い国です。ファシリティマネジメントでは、ハザードマップに基づいた建物の耐震性評価や、非常用発電機の整備、備蓄品の管理などを計画的に行います。
万が一災害が発生した際も、被害を最小限に抑え、早期に業務を復旧できる体制が整っていれば、顧客や取引先への影響を抑えることができます。これは企業としての信頼性を高めることにもつながります。
5.柔軟で持続可能な経営基盤づくり(ESG対応)
5つ目のメリットは、社会の変化に対応できる柔軟でサステナブルな経営基盤ができることです。
感染症の流行や市場の変化など、ビジネス環境は予測不能です。ファシリティマネジメントによって資産状況を正確に把握していれば、「拠点をすぐに縮小する」「機能を別の場所に移す」といった経営判断をスピーディーに行えます。
また、省エネや環境配慮への取り組みはESG投資の呼び水となり、企業価値そのものを向上させます。変化に強く、社会から応援される企業体質を作れることが、究極のメリットといえるでしょう。
得られるメリットに魅力を感じたら、次は「どう始めるのか?」です。いきなり全てを実行する必要はありません。段階的に進められる導入ステップの例を詳しくご紹介していきます。
ファシリティマネジメント導入のステップ

「ファシリティマネジメントが重要なのはわかったが、具体的に何から始めればいいのか?」
これは多くの担当者が抱える悩みです。いきなりシステムを入れたり、業者に丸投げしたりしても、成功はおぼつきません。
ファシリティマネジメントの導入には、正しい順序があります。現状を知り、目標を定め、体制を作る。このプロセスを着実に踏むことが成功への近道です。
ここでは、ゼロからファシリティマネジメントを導入するための標準的な5つのステップを詳しく解説します。
1.現状把握と課題の可視化(台帳整備・データ収集)
最初のステップは、自社のファシリティの「現状」を正しく知ることです。ここが最も重要で、かつ時間のかかる工程です。
まず、どのような土地・建物・設備を保有しているのか、賃貸契約はどうなっているのか、図面はあるかなどを確認し、「ファシリティ台帳」として整備します。同時に、光熱費や修繕費などの維持管理コストのデータを集めます。
「何がどこにあり、いくらかかっているのか」が可視化されて初めて、「コストが高すぎる」「スペースが余っている」といった具体的な課題が見えてきます。
2.FM戦略の策定(目的・KPI・優先順位)
現状が把握できたら、次は「どうしたいのか」という戦略を立てます。
経営目標と照らし合わせ、「コストを20%削減する」「社員満足度を向上させる」「老朽化リスクを解消する」といった具体的な目的を定めます。
そして、その目的を達成できたかを測るためのKPI(重要業績評価指標)を設定します。
KPIを設定する際はなるべく定量的に判断できるものがおすすめです。
例えば、「坪当たりの維持管理費」「一人当たりのオフィス面積」「エネルギー使用量」などです。すべてを一度に行うのは難しいため、優先順位をつけてロードマップを描くことが重要です。
3.運用体制の整備(内製・外部委託の判断)
戦略を実行するための組織体制を整えます。誰が主導し、誰が実務を行うのかを決めるフェーズです。
社内に専門部署(管財部や総務部内のFMチームなど)を立ち上げるのか、あるいは外部の専門会社(FMプロバイダー)に委託するのかを検討します。
専門知識が必要な部分はアウトソーシングし、意思決定やコア業務は社内で行うというハイブリッド型が一般的です。重要なのは、丸投げにするのではなく、社内に「判断できる責任者」を置くことです。
4.導入ツール・システムの選定(CAFM/CMMS/BIM など)
効率的に管理を行うためのツールやシステムを選定・導入します。
- CAFM(コンピュータ支援FM): 施設情報の一元管理
- CMMS(設備保全管理システム): 修繕スケジュールや履歴の管理
- BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング): 建物の3D情報を維持管理に活用
これにより、Excelでは限界だった複雑なデータ管理が可能になります。
例えば、台帳管理、修繕スケジュールの管理、コスト分析などが一元化できます。
近年では、建物の3次元モデルを活用するBIM(Building Information Modeling)を維持管理に活用する動きも進んでいます。
自社の規模や目的に合った、使いやすいツールを選ぶことがポイントです。
5.改善サイクル(PDCA・モニタリング・継続改善)
システムを入れて終わりではありません。実際に運用を始め、計画通りに効果が出ているかを定期的にチェックします。
設定したKPI(コスト削減額や省エネ率など)の達成度をモニタリングし、目標に届いていなければ原因を分析して改善策を打ちます。
このPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを回し続けることこそが、ファシリティマネジメントの本質です。環境やニーズの変化に合わせて、常にファシリティを最適な状態へアップデートし続ける運用体制を構築しましょう。
初めは必ず「現状把握」から実施しましょう。自社の建物・賃貸契約・光熱費のデータを集めるだけでも大きな一歩です。次章では実際に成功した企業の事例を見ながら、導入のイメージを具体化していきましょう。
ファシリティマネジメント導入の成功事例

理論だけでなく、実際にファシリティマネジメントを導入して成果を上げた企業の事例を知ることで、より具体的なイメージが湧くはずです。
ここでは、コスト削減、環境対応、生産性向上、リスク低減という異なる4つの視点から、導入に成功した代表的なパターンを紹介します。自社の課題に近い事例を参考にしてみてください。
1.コスト削減につながった事例
ある大手製造業では、全国に点在していた支店や営業所の稼働率を調査・分析しました。その結果、稼働率が低い拠点が多数あることが判明しました。
そこで、近隣の拠点を統合し、余剰となった不動産を売却または賃貸借契約を解約しました。同時に、残った拠点にはフリーアドレス制を導入し、スペース効率を最大化しました。
この取り組みにより、年間数億円規模の賃料・維持管理費の削減に成功。浮いた資金を新規事業への投資に回すことができ、経営体質の強化につながりました。
2.省エネでESG評価が向上した事例
ある商業施設運営会社では、老朽化した設備のエネルギーロスが課題でした。そこで、FM導入の一環としてエネルギー監視システム(BEMS)を採用し、電力使用量を「見える化」しました。
データに基づき、空調の運転時間をきめ細かく調整し、照明を全館LED化した結果、CO2排出量と光熱費を大幅に削減。この取り組みが評価され、環境不動産としての認証を取得しました。
結果として、環境意識の高いテナント企業の誘致に成功し、ビル全体の資産価値向上につながりました。
3.オフィス改革で生産性が向上した事例
IT企業A社では、社員急増に伴いオフィスが手狭になっていましたが、単に広い場所へ移転するのではなく、働き方の改革を行いました。
社員へのアンケートや行動観察調査を実施し、「集中したい時」「アイデアを出したい時」などシーンに合わせて場所を選べるABW(Activity Based Working)型のオフィスを導入。
その結果、社員同士のコミュニケーションが活発化し、プロジェクトの進行速度が向上。社員満足度アンケートのスコアも大幅に改善し、離職率の低下にも寄与しました。
4.老朽化施設の計画修繕でリスク低減した事例
地方自治体の事例です。管理する公共施設が一斉に老朽化し、財政圧迫と安全性への懸念が高まっていました。
そこで、全施設の劣化状況を調査し「ファシリティ白書」を作成。施設の統廃合や長寿命化計画を策定し、優先順位をつけて修繕を行う「予防保全」へシフトしました。
これにより、突発的な事故や緊急修繕にかかる高額な出費を回避。住民サービスの質を落とすことなく、長期的な財政負担の平準化を実現しました。
これらの事例に共通するのは、「まず現状を正確に把握した」という点です。ただし導入には注意点もあります。次章では、多くの企業がつまずきやすいポイントと、その対策をお伝えします。
導入前に注意すべきポイント
ファシリティマネジメントは多くのメリットをもたらしますが、導入すればすぐに魔法のようにすべてが解決するわけではありません。
導入を進める過程で多くの企業がつまずきやすいポイントがあります。事前にこれらの注意点を理解し、対策を練っておくことが、プロジェクトを頓挫させないための鍵となります。
特に気をつけるべき4つの落とし穴について解説します。
FM専門知識の不足(外部プロの活用)
ファシリティマネジメントには、建築、設備、不動産、財務、IT、法律など、非常に幅広い専門知識が求められます。これを総務部などの担当者だけで全てカバーするのは現実的に困難です。
社内の知識不足を補うために、認定ファシリティマネジャー(CFMJ)などの有資格者を育成するか、初期段階から外部のコンサルタントや専門会社(FMプロバイダー)の支援を受けることをおすすめします。
「自分たちだけでなんとかしよう」と抱え込むと、現状把握の段階で挫折したり、誤った戦略を立ててしまったりするリスクがあります。
台帳・データが整っていない問題
導入を始めようとして最初に直面する壁が「データがない」ことです。「昔の図面が見当たらない」「修繕履歴が担当者の頭の中にしかない」「契約書がどこにあるかわからない」といったケースは珍しくありません。
データの整理には、予想以上の時間と労力がかかります。最初から完璧なデータを求めすぎるとプロジェクトが進まなくなるため、「まずは主要な建物から」「まずはコスト情報から」といったように、範囲を絞って段階的に整備していく姿勢が大切です。
短期効果を求めすぎない(中長期視点の重要性)
ファシリティマネジメントは、中長期的な視点で資産を最適化する取り組みです。「導入した翌月にコストが半減する」といった即効性のあるものではありません。
例えば、高効率な設備への投資は、回収するのに数年かかります。予防保全の効果(事故が起きないこと)も、数字としては見えにくいものです。
経営陣に対しては、短期的な損益だけでなく、LCC(ライフサイクルコスト)の削減効果やリスク回避といった長期的なメリットをしっかり説明し、理解を得ておく必要があります。
経営層の理解・社内調整の必要性
ファシリティマネジメントの導入は、部門横断的なプロジェクトになります。総務、経理、人事、経営企画、そして現場の各部門と連携しなければなりません。
「オフィスの席が減る」「使い慣れた設備が変わる」といった変化に対して、現場から反発が出ることもあります。また、初期投資が必要な場合、財務部門の承認も必要です。
導入を成功させるためには、経営トップが「これは重要な経営戦略である」とコミットし、全社的な協力体制を作ることが不可欠です。担当者レベルの改善活動で終わらせないことが重要です。
これらの注意点を事前に知っておくだけで、導入の成功率は大きく変わります。もし「専門知識が不安」と感じたら、次章でご紹介する資格取得も検討してみてください。体系的な知識が身につき、社内での説得力も増します。
ファシリティマネジメントに関連する資格

ファシリティマネジメントを体系的に学び、社内での導入を推進するためには、専門資格の取得が非常に有効です。
特に「認定ファシリティマネジャー(CFMJ)」は、この分野におけるスタンダードな資格として認知されています。資格について知ることは、どのような知識が必要なのかを知る手がかりにもなります。
認定ファシリティマネジャー(CFMJ)とは
認定ファシリティマネジャー(CFMJ)は、公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会(JFMA)が認定する資格です。
FMに関する統括マネジメント、戦略・計画、運営維持、評価、そして関連する法規や技術など、ファシリティマネジメントに必要な幅広い知識と能力を有していることを証明するものです。
建設業界や不動産業界だけでなく、一般企業の総務・管財部門の担当者も多く取得しており、FMのプロフェッショナルとしての証となります。
資格取得のメリット(導入推進の社内説得材料にも)
この資格を取得するメリットは、個人のスキルアップだけではありません。
まず、FMに関する体系的な知識が身につくため、導入プロジェクトをスムーズに進められるようになります。また、名刺に資格名を記載できるため、社内外の関係者に対して専門性を示し、信頼を得やすくなります。
さらに、経営層に対して提案を行う際も、有資格者としての知見に基づいた説明であれば説得力が増します。社内でのポジション確立や、キャリアアップにも繋がるでしょう。
試験内容と受験資格
試験は年に1回実施され、筆記試験によって合否が決まります。
※2025年から論述試験が廃止、学科CBT方式のためその場で合否がわかります。
CBT方式のため試験期間中であれば何度でも挑戦できますが、都度費用は発生します。
試験科目:
- FM概論
- FM業務(戦略・計画・プロジェクト管理など)
- FM知識(人事・財務・建築・設備・ITなど)
受験資格:
年齢、学歴、実務経験を問わず、誰でも受験可能です。
合格率:
近年の合格率は35%〜45%で推移しています。
目安勉強時間:
- 業界経験者→約60時間〜100時間(期間:1〜2ヶ月)
- 未経験者→約150時間〜200時間 (期間:3〜5ヶ月)
幅広い分野から出題されるため、計画的な学習が必要ですが、実務に直結する知識ばかりなので、導入担当者にとっては勉強そのものが業務の役に立つはずです。
資格は必須ではありませんが、体系的に学ぶことで導入がスムーズになります。まずはJFMAの公式サイトで試験概要を確認してみましょう。それでは最後に、この記事の要点をまとめます。
まとめ:ファシリティマネジメントは企業価値を高める重要な戦略

今回は、ファシリティマネジメントの導入を検討している方に向けて、その定義から必要性、具体的な業務内容、そして導入ステップまでを解説しました。
ファシリティマネジメント導入は、単なる「コスト削減」の手法ではありません。「経営資源である施設を最大限に活用し、企業価値を高めるための経営戦略」です。
- コスト削減とLCCの最適化
- 老朽化リスクの低減とBCP対策
- 働き方改革による生産性向上
- 脱炭素・ESG経営への対応
これらを実現するために、まずは今日から「自社の施設に関するデータを1つでも多く集める」ことから始めてみてください。完璧を目指さず、小さな一歩を踏み出すことが、持続可能な企業基盤への第一歩になります。
ぜひ、長期的な視点でファシリティマネジメントの導入に取り組んでみてください。

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